「ボストンを走ります、東京マラソンには出ません。」

そう言い放った大迫傑の声には、迷いも翳りも余計な力みもなかった。それが自然の摂理でしょとでも言わんばかりだった。東京マラソンに出ない理由を尋ねてみると。「周りが騒げば騒ぐほど、冷めちゃう傾向があって。背筋がモヤモヤっとするような感覚がした。本当に走りたいのか自問自答したとき、本当に走りたいのはボストンだった。」その背景にはこんな思いもあった。「どうせ東京走るんでしょ?と思われていることへのアンチテーゼでもあって。ファイナルチャレンジというものを作っておきながら、そこに優遇がない。どうせ出るんだから0円でいいよね(実際には0円ではないが)というスタンスは違う。プライズだってちゃんと取った方がいい。エンタメ重視の選考方法が、僕が東京オリンピックをラストレースにした理由のひとつで。健全なメンタルで挑めるボストンならパリオリンピックとの時間が短くてもチャレンジできる。」

ランニング界におけるパイオニアがみつめるもの

マラソン界に長らく横たわる社会通念にも疑問を投げかける。「もちろんオリンピックは大事なレースだけど、みんなが思っているほどこだわらなくていい。マラソンってもうすでにメジャースポーツなわけだから、オリンピックから一番独立できる競技でもあって。活躍できる場、注目される場としてワールドメジャーなレースがたくさんある。オリンピック至上主義みたいな考え方って、スポンサーも含めて、みんな思考停止しているんじゃないかな。」ランニング界におけるパイオニアとして先頭を走りつづける大迫傑を支えているのは、揺るぎのない自分軸。高層ビルに視界を塞がれがちなこの東京という都市の中で、彼だけが遠くの地平線をしかと捉えているようだった。

文章:山口千乃
写真:松本昇大
インタビュー:足立公平