2023年3月5日。東京マラソンが開催され大迫傑が42.195kを駆け抜けた。
大迫が信頼をおいているコーチのピート・ジュリアンもこのレースのために来日していた。走り終えて1時間後、ピートと大迫の今日の走りについてレビューする貴重な時間をいただいた。
今日のレースを終えて思うこと。
今日はいいレースだったと思う。とてもポジティブな内容でもある。傑はニューヨークシティマラソンを終えた後も充実したトレーニングを積めていた。ただ東京マラソンを走るかどうかは去年の時点では彼自身も定かではなかったと思うけれど、フィーリング的には良かったんだと思う。なので東京で何かアチーブできることがあるかもしれないという予感はあったとも思う。さっき終えたばかりのレースは、40キロまで先頭集団の中で走っていて、来年に繋がるいいサインだったように思う。
(Shot by Momoko Kaneko)
東京オリンピック直前の大迫はどんな感じでしたか?
2021年のオリンピックの時期を振り返ると難しさがあったような印象。日本代表チームに入るために記録を打ち破る必要もあったし、MGCは3位という結果だった。多少ストレスを感じていたと思うよ(特に東京にいると)。エモーションとの向き合い方に難しさがあったんじゃないでしょうか。そんな中で彼は自分自身に打ち勝ち最高のレースをしてくれたと思う。走り終えた直後、本当にこれで走ることを終えていいと思えたはずですね。物凄いプレッシャーが毎回迫ってくる世界であることは間違いのない事実です。競技から離れる時間が必要だったんだと思う。
引退することを大迫から告げられた時。
サポートしたね。なぜなら彼がどれほどハードに追い込んできたかということをずっと近くで見てきたから。彼や彼の家族にのしかかってくる感情的な負担もあるだろうから。傑も幾度のプレッシャーと向き合ってきたし。アスリートに対しての押し迫る異常なプレッシャーをコーチとして見ていることは困難なことだったりもするよ。だから彼が完全に走るということから距離をおくということをサポートできた。とはいえ心のどこかでいつか戻ってくるといいなと思ってたのかもしれない。
あれから6ヶ月、大迫がこの世界に戻ってきた。
走るということが、傑の心に平和をもたらしていたことに本人が気づいたんだと思う。彼自身のベンチャービジネスやメディアなども活動は色々あるけれど、ランニングはある種の平和の感覚をくれる。驚異的なプレッシャーやストレスが過ぎ去った頃に、なんとなくひとりで気の向くままに走り始めたんだと思う。しばらくして「コーチ、また走ってみようかなって。」って伝えてきた。喜びの気持ちが溢れたね。傑は大好きなアスリートで、また特別な時間に出会えると思ったから。
NYCが復帰して最初のレースでしたが、クイックレビューを。
ニューヨークに関してはタイムにこだわるレースではなく、チャレンジするということを重視したレースだった。コースも丘が多くペースメーカーもいないので。どんなレースにするのか?ということにおいて、さまざまな理由があって良いと思えるレースだったように思う。以前はプレッシャーが大きいレースばかりだったから。ただ日本でのレースを復帰最初にするのは気が進まなかったのも事実。少しレースから離れていたこともあるし、今は以前と違うスタイルのマラソンをやっていることもあったので(タイムだけではないマラソン)。どうマラソンに再導入するのかっていうことを意識していたかな。あの日のNYCは気温も湿度も高かったから難しいコンディションだったにも関わらず彼は5位か6位に入っていい感じに走り終えた。ハードだったと思う。でも今日の東京のレースは「コーチ、最初から最後まで気持ちよく走れた。今まで一番気持ちよく走れたかも」って言ってた。
彼は今、マラソンにおいていい状態にいると思う。東京オリンピックの代表チームも経験したし、大舞台をとても良い形で終えることもできた。この国においては、毎度のステップが戦いのようでそれが重要だということも私は理解している。同時にメダルだけではなく、努力が重んじられ、日本代表として相応しいかどうかが問われているということも十分理解している。彼は立派にそして完璧にやり遂げたと思う。
今日のレースを終え、MGCのレースに出場できる、そして今彼には進むべき道に自由がある。自由にただ走ることもできるし、代表チームを狙うこともできる、もしくはワールドメジャーのレースに出場するということもできる。どの道に進もうとも、楽しく良い道が続いている。
彼に必要なこと。
傑は今日のレースで全てを準備できたいたわけではない。日本記録を狙うことも、日本代表に入ることも、平常心をキープすることも素晴らしいチャレンジだと思う。でもまた日本代表としてオリンピックに向かうためには、ひとりで深くて遠い暗闇に向かっていく必要があることを傑はよく知っている。ニューヨークのレースではリラックスして楽しく走ることを念頭に置いていたけど、次のMGCを見据えると物凄くタフなレースが待っている。特にラストの5キロ。なぜなら3人目、4人目、5人目と他にもいいランナーが出走するだろうから。その中で道を切り開いていくわけだけど、その時は心じゃなくて頭が必要になる。感性じゃなく知性。さらに研ぎ澄ませたシャープな状態でいられるかどうかが大事。今日のレースを走り終えて傑が言った「コーチ、今日のレースで全てを手に入れようとしていたわけではないよ。ただGood Dayにしたかったんだ。」と。「今日は確実にいい日だったよ。」と伝えた。
最後の質問です。大迫のユニークポイントは?
それは彼が独立しているということに尽きる。そこが日本の方々や若いランナーたちを魅了しているポイントだと思う。多分アメリカのテニスというシーンにおける、アンドレア・アガシも同じような印象だったと思う。彼も自分のやり方と方法で前に進む、いわゆる普通の道ではない道。そういう姿勢が子供たちや日本の人々に刺激を与え続けていると思う。特に日本の文化的背景を考えると普通でいることが好まれる風潮があるように感じるので。傑は独自性という意味でアメリカっぽさがある。カウボーイっていうとあれだけどw。それでも彼は伝統や栄光、そして誇りをもった生粋の日本人であると思う。
今日は大切な時間をどうもありがとうございました。お会い出来て嬉しかったです。
ポートランドまで、良いフライトを。
Interviewer: Kohei Adachi
Photograph: Shota Matsumoto